全368のロックンロールがここにあります

カルテットを1と2話観た後、飛んで9話を観させられた。

1話と2話で色んな伏線が貼られ、

さあ一体どうなるんだこの謎に包まれた大人たちは〜?!と思ったら、


「ごめん!9話観たいから観よう!」


ということで9話を観たところ、全く話についていけない上におや、これはネタバレ…?というシーンのオンパレード。


わたしのカルテットを楽しむ時代は終わった。


しかしパズルのような楽しみ方もあるかもしれない。

ネタバレはあったけれど、前情報が無さすぎるので、自分の中で解明出来てないところや、繋がってない部分がある。

そこをこれから埋めて行けばいいのだ。


昔、漫画を1巻から順番に読まない癖みたいなのがあった。

クラスメートと同じ漫画を読んで、同じ時の流れを追って、同じ感想を持つのが嫌だった。

だからわざと最終巻から読んだり、真ん中の巻から読んだりした。

だからこそ言えるけど、やっぱり漫画とかドラマとかアニメとか、

途中から観ても大抵面白くないし、ネタバレはなんていうか…ズルいのだ。


不可抗力の抗えない情報なので、なるべくネタバレはやめて欲しいなぁ…と思う。

カルテットでいうところの、


「レモンをかけちゃった後の唐揚げ」


みたいな感じで。

背中を押された日

今日は友人と飲みに行った。

最近の悩みは、自分が向かいたい方向や、決めたことに対して、


「それはだめだよ」とか「やめた方がいい」とか


否定的なアドバイスしか貰えなかったこと。

わたしの進んでいる方向は間違っているのかな…と思ったけれど、皆が違うと言っても、このまま進みたいんだという気持ちの方が微かに上回っていた。


今日久しぶりに幼馴染と飲んで、そのことについて、ポロッと相談をした。

また、否定的なことを言われるんだろうなぁ…と思っていたけれど、


「いや、いいんじゃない?あんたはフツーじゃないからね。フツーの選択じゃなくて、良いと思う。」


と言われて、モヤモヤしていたものがスッと晴れた。

(あんたはフツーじゃない、の下りは悪口だけども。)


色んな意見はあるけど、最終的に決めるのはわたしで、進むのもわたしで、経験するのもわたし。自分にしか出来ない人生だから、誰かから「良いね」と言われる人生じゃなくて、自分で「良かったな」と思える人生にしなきゃと思った。


選択の連続で、失敗することもあるだろうけど、失敗も含めて楽しまねばだなと思ったのであった。

バナナとりんご、時々みかん

バナナが昔嫌いだった。

バナナを食べると喉がすごく痒くなるからだ。喉越し最悪。

会社に入ってから、バナナを食べるようになった。

先輩に、

 

「バナナはいいぞ〜!バナナ食べると元気になるんだ!元気がないときはバナナを食べよう!」

 

と言われたからだ。

その言葉を信じて、元気がないときはバナナを食べるようにするようにした。

バナナはいいぞ〜!なんだか元気が出る気がする!

 

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りんごが好きだ。

皮ごと食べるのが好きだ。なんといっても皮が好きだ。

実を食べた後に皮が歯にゴツンと当たる、あの感覚が好きだ。

だからりんごは皮ごと食べる。

りんごは食欲がなくて、でもお腹が空いて死にそうなときによく食べる。

りんご1個でお腹いっぱいになるので、最高である。

 

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みかんは好きだけど、皮を剥くのが嫌いだ。

皮を剥いて、実が手についた瞬間のあのヒヤッとした感覚が嫌いだ。ゾッとする。

特に冬は、寒いのにあのヒヤッとした感覚を味わうのが、苦痛で仕方ない。

でもみかんは好きだ。実がね。

皮ごと食べられたらいいのになぁ〜って思うこと、あるよ。

たまご豆腐の回

深夜食堂のたまご豆腐の回。

豊原功輔が麻雀やってるところが格好良かった。

あんまりにも気持ちよさそうに勝つから、

これはもう運だってあるんじゃないのか?

運ゲーだったら私にだってできるんじゃないのか?と思って調べたら、

 

 

うるっせぇ!

星野源の本を読んだら小さな悩みがどうでもよくなった

例えば仕事でちょっとしたミスをしてしまったり、

自分の失言であったり、

人から言われた何気無い一言であったり、

そういうことでくよくよ悩んで、めちゃめちゃ落ち込む。

 

落ち込んでどうしようもなくなって浮上出来なくなって、

自分の手帳にメンヘラみたいなことをワッと書いたり、

悲しい音楽を聞いてどん底の行けるところまで行ってみたりする。

 

昨日も大体そんな感じで、何気無いことが重なって、めっちゃ落ち込んでいた。

(失言、楽しみにしていたライブのチケット紛失、誘われた楽しそうな遊びに用事があって行けない×2件、ドタキャンした件を責められる等)

 

そんなとき、部屋に積み重なっていた本の一冊を手に取った。

星野源の『そして生活はつづく』である。

全然興味がなかった星野源だが、彼のラジオを何気なく聞いたところめっちゃ面白くて、

今秘かに星野源ブームが来ている(ちなみに演技しているところを見た事もないし、曲は『恋』のサビしか聴いた事がない)。

 

そんな彼の本を先日買ったのであった。

読み始めてみると、いやはや、だめだ、めっちゃ面白い。

 

星野源でもケータイの支払いを忘れたりするんだな、とか

そういう小さなことでウワーッてなったりするんだ、とか。

 

一番元気が出たのは、幸せは例えば会社に行くまでに信号に引っかからなかったとか、

そういう小さなものを自分で幸せとして見つけていけるかっていうのを言っていた部分だった。

 

余談だけども、この記事、書き始めて途中で放置して、2ヶ月くらい経ってから

再び書いているので記憶が大分おぼろげである。

記事も読書感想も新鮮なうちに書いたほうが良さそうだ!

 

そりゃあ好きな人に光GENJI歌ってほしいよ

いつの時代も光GENJIは最高だよね。

 

 

ガラスの十代がいいなぁ。歌ってもらえるなら。

 

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1月のはじめは、会社の新年会があったりした。

新年会会場から見えた景色。代々木公園ってでかい。

 

 

寄ってきた先輩。

 

 

なんかこぼしちゃった先輩の服。

 

 

自撮り準備中。

 

 

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散歩に出たときの。家の周りは高い建物がないので、空がよく見えて良い。

 

 

近所の公園。雨上がりでぬかるみがひどかった。

きれいな夕焼けだった。

 

 

大学の頃の友達と新年会。

ホームアローンやってて、最初から最後までがっつり見ちゃった。良い映画だった。

 

 

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三連休はなんだか調子がよくなかった。

年末からの喉の痛みが続いていたのと、

歯茎が一部薄くなってきててそこがめっちゃ痛かったのと、

ものもらいが出来たり散々だった。

 

喉と歯茎の痛みは治った。

ものもらいは現在治療中。コンタクトが付けられないので不便である。

近所の病院が意外と土日もあいていて、とてもありがたかった。

1年間ブログを続けてきて、正直めっちゃしんどくなってきたんよ

ここ1年ほど、このブログを続けてきた。

理由は色々ある。

 

何かを長く続けてみたかったこと、

大好きな先輩に「毎日書きなさいね」と言われたこと、

携わるプロダクトの少しでも近いところにいる、一ユーザーとしてありたかったこと、

アウトプットし続けたかったこと、

とか、色々。

 

あんまり深く考えずに、とにかく上の考えのもと、

"毎日ブログを書く" を目標に掲げた。

記事やアウトプットの質は考えずに突っ走ってきたと思う。

 

でもここ最近 "毎日ブログを書く "目標のこのブログを続けるのが、

大層億劫になってしまった。

理由は、色々ある。

 

毎日ブログを書いてる訳じゃないので、「毎日ブログ書いてるもんね」と言われるのがしんどくなってきたこと、

毎日書かなきゃいけない、という強迫概念みたいなものが出来てきたこと、

「今日はあれでいいや」な投げやりな記事が増えてきたこと、

投げやりな記事を "毎日ブログを書く" という目標のもと書くことがとてもしんどかったこと、

とか、色々。

 

良いこともたくさんあった。

ブログを書く、アウトプットすることへの恐怖が薄れたことや、

わたしのブログを読んで面白いね、と言ってくれる人がいたこと、

たまにコメントくれる人がいたこと。

 

誰かがわたしの記事を読んでくれている。

しかも、その人の大切な数秒か、もしくは数十分かを使って。

こんなに嬉しいことはないと思った。

 

これから先も続けていくために、 "毎日書く" ことはもうやめようと思う。

毎日書けたらそれはそれで良いんだけど、そこを追求するのはもうやめる。

目標を失って、さぁ、じゃあこのブログはどこへ向かっていこうか、と考えた。

とりあえず自分の好きなことや感情が揺さぶられたときのこと、

この瞬間を「あっ、残したいな」と思ったとき、積極的に書いていこうと思った。

 

"毎日書く" から "無理なく長く続けていく" へ。

2017年のスローガンとします!

 

あけましておめでとうございます、

本年も誰かがこのブログを読んでくれると嬉しいなぁ。

今年もどうぞ、よろしくお願いいたします。

来年に向けて

やりたいことを洗い出してる。

やりたいことを明確にして、ちゃんと1日1日を大切に生きようと思う。

悲しい気持ちはずっと続かないもんだな

悲しいことがあった。

夜中に目が覚めて、なんとも言えない暗い気持ちに包まれたり、

何回も何回も、そのときのことや、その先にある可能性について考えて、

ひどく落ち込んで、気分が浮上しなかったりした。

 

けども、大好きな劇を観に行ったり、

人に悲しかったことを笑いながら話したら、なんだか悲しみが薄らいだ。

(本当は笑いながら話すつもりもなかったけど、話の流れで笑い話みたいになってしまった。結果、良かったと思う。)

 

悲しみって、長くは続かないんだなと思った。

 

サンタさんが5億年ぶりくらいにきた

炊飯器とともに。